親愛なる祝福された聖徒の皆様!

主は私たちの羊飼い。私たちは乏しいことがありません(詩23:1)。

イエスの臨在は私たちに、神の祝福のうちに生きるようにさせます。私たちが神の臨在を経験すればするほど、私たちの乏しさは私たちの人生から消えていきます。

神の臨在は、私たちに回復をもたらし、また私たちの思いや私たちの感情を癒します。人間として私たちはみな、神の臨在で満ちあふれるように造られました。

私たちの人生と私たちの教会の礼拝においてさえ、私たちは神の臨在の回復を見なければなりません。神はご自身を私たちに、またご自分の教会に現わしたいと願っておられます。

では、私たちはどのようにして神の臨在を 私たちの人生、また私たちの教会に取り戻していけばよいのでしょう?


1. 私たちは主に、仮庵を建て直すことを許さなければなりません(アモス9:11)

– 仮庵(幕屋)とは私たちの体、また私たちの教会の集会のことを指します。

– 仮庵(幕屋)が倒れたのは、神の臨在が もはや臨まなくなってしまったからです。

-私たちの人生や私たちの教会の集会は、神の臨在の現われ(神の契約の箱)を回復させなければなりません。

2. 私たちは主に、壊れた ところを繕うように許していかなければなりません(アモス9:11)

– 「壊れた」という言葉は、「すき間 gap」を意味する場合もあります。私たちの人生を滅ぼすサタン、罪や悪霊にさえも 私たちは扉を開き得ます。
(NIV訳「I will repair its broken walls わたしは壊れた壁を繕い/修復し…」。新改訳第3版と新改訳2017年版「その破れを繕い」)。

– 私たちの壊れた心や、壊れ打ちひしがれた感情から私たちは癒されなければなりません。私たちのたましいは、神の臨在を求めることに戻らなければなりません。


3. 私たちは主に、倒れている仮庵(幕屋)を建て直すことを許さなければなりません(アモス9:11〜12)

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